展覧会 開催終了

目黒区美術館開館30周年記念

日本パステル畫(が)事始め展

-武内鶴之助と矢崎千代二、二人の先駆者を中心に

Beginnings of Japanese Pastel Drawings:

featuring TAKEUCHI Tsurunosuke & YAZAKI Chiyoji as forerunners

会  期:
2017年10月14日(土)〜2017年11月26日(日)
時  間:
10:00~18:00
(入館は17:30まで)
休館日:
月曜日 
観覧料:
一 般 1000(800)円
大高生・65歳以上 800(600)円
小中生 無料
※障がいのある方は半額・その付添者1名は無料、(  )内は20名以上の団体料金。
※目黒区美術館では、開館30周年を記念して区民割引を実施いたします。目黒区内在住、在勤、在学の方は、受付で証明書類をご提示頂くと団体料金になります。(他の割引との併用はできません。)

主催 : 公益財団法人目黒区芸術文化振興財団 目黒区美術館、
読売新聞社、美術館連絡協議会
協賛 : ライオン、大日本印刷、損保ジャパン日本興亜、日本テレビ放送網、
サッポロホールディングス株式会社

English

開催一覧

はじめに

知られざる画材、パステル

江戸末期にはじまり、明治になってより大きな流れとなった、日本人と「洋画」の関わりの歴史の中で、私たちに最も親しみのある画材と言えば油彩や水彩でしょう。油彩は「洋画」の中心となる画材として、そして水彩は取り扱いが容易なものと捉えられ教育の中でも大きな役割を果たしてきました。そんな中、同じく明治期に伝えられた画材のひとつが本展で取り上げるパステルです。
18世紀にヨーロッパで盛んに用いられたパステルは、19世紀後半になるとドガをはじめ何人もの画家が改めてその魅力を見いだしました。そんな時代を経た20 世紀、海外に学んだ人々を中心に、日本の画家たちにもパステルを試みる者が少しずつあらわれ、パステルや制作に必要な紙、定着液などの輸入が増え、やがて大正末から昭和初期にはパステルそのものの国産も実現します。そして、このパステル国産とほぼ時を同じくして、パステル画の一般の人々への普及も試みられました。
顔料を主体とする素材を棒状に固めたパステルは、描く際には粉状となり、ベースとなる紙の上にようやくとどまった状態となります。そこから、原色、中間色ともに「美しい直接的な発色」、乾燥時間のない「速写性」という二つの大きな特色が生まれます。しかし、これまで一部の画家や愛好家をのぞき、パステル本来の可能性が日本では広く知られてきたとは言えません。確かに、時に儚ささえ思わせる豊かな中間色の美しい発色や独特の「風合い」など、一般にもその魅力の一端は知られていて、「パステルカラー」という言い方も定着しています。しかし、時に油彩をも凌駕するような、本来の多彩な描写の可能性が広く知られてきたとは言えず、パステル類から派生して教育用途で親しまれている普及的な画材と混同されることも少なくありません。
本展では、そんな「知られざる画材、パステル」を、パステルに魅せられて多くの作品を残した二人の近代日本の画家、矢崎千代二と武内鶴之助を中心にご覧いただきます。豊かで繊細な色彩を緻密な作品の中に活かしきった武内、世界各地のいきいきとした情景を、速写を武器に描いた矢崎、パステルへの取り組みは異なりますが、二人がそれぞれ研究や探求を重ねて生み出した多彩な表現は、パステルという画材の幅広さと奥深さを如実に示しています。そして、二人の個性的な試みの数々と、彼らが関わったパステルの普及活動や、特に矢崎が深くかかわったパステル国産化への道程は、近代の日本人が海外から移入された素材や方法論を独自のものとしていった興味深い例でもあります。
ほぼ同時代を生きた武内と矢崎の二人の画家は、これまでも美術館等での紹介があり(目黒区美術館が1993年に開催した武内鶴之助の回顧展『パステルのモノローグ』もそのひとつです)、コレクターはじめ愛好する人々も決して少なくはありません。しかし、明治以来の性急ともいえる「日本近代洋画」の歩みの中で、彼らとその作品の魅力が広く知られることなく今日に至っているのは、パステルという画材そのものの我が国における歴史ともどこか重なります。本展を通じて、パステルという知られざる画材について、そして、ともに同時代の人々に愛された二人の画家の画業に、あらためて注目していただければ幸いです。

概要

明治以後、現代まで、パステルを用いたことのある画家は少なくありません。しかし、その多くは、油彩に比べて乾燥を待つことのない速写性や、独特の軽やかな色彩表現などに着目した、小品やエスキース、スケッチ類の制作、他の画材との併用で、「パステルによるパステルでないと不可能な絵画作品」を追求した画家は極めて限られます。その中で、武内鶴之助と矢崎千代二は、数少ない「パステルを主たる制作手段とした画家」で、既に一部の愛好者等によって、いわば「双璧」として扱われることが定着しているのも頷けます。
その経歴や作風も大きく異なる武内と矢崎、二人の接点となっているのが、パステル国産の歩みと並行して行われた普及活動です。工業製品など様々なものの「国産化」が志向された大正から昭和初期、それまでフランス製やドイツ製などの輸入に頼っていたパステルも国産化が試みられましたが、この国産化を、パステルを熟知・熟考した画家として指導したのが矢崎千代二でした。そして同時期に行われたパステル普及活動では矢崎と並んで武内もまた重要な先駆者としての役割を果たしました。
本展は、武内鶴之助、矢崎千代二という二人の画家の仕事から、彼らがヨーロッパのパステル画に学び、念頭に置きつつ、それぞれ個性的なスタイルを確立し、ある種の「日本化」を遂げた様子をご覧いただきます。そして、作家たちの活動と同時に、画材そのものの「日本化」の過程も重要な要素として取り上げます。

構成

1.武内鶴之助と矢崎千代二、二人の先駆者

目黒区美術館では、武内鶴之助とパステルの出会いの契機となった雲を描いた連作を中心に約40点の作品を所蔵していて、1993 年には「武内鶴之助展パステルのモノローグ」を開催しました。矢崎千代二については、出身地にある横須賀美術館が多くの作品を収集しています。二人の作品は各地の美術館にも収蔵されているほか、近年は彼らの優れた作品を所蔵される愛好家の方も少なくありません。武内も矢崎も生前から愛好者の多い、作品数の多い作家で、本展ではこうした各地に残る作品の中から、二人の作家の多彩な表現の魅力を示す作品を厳選してご覧いただきます。また矢崎作品については、矢崎とパステルの研究を進められている横田香世氏に特にご協力をいただき、同氏が調査にあたった矢崎が北京に残した1008点の作品についても、初めてその一端を写真でご紹介いたします。

2.パステル国産化への道とパステル普及運動

明治から大正前期には輸入のみだったパステルですが、1919 年創業の王冠化学工業所による「ゴンドラ」の製造により国産化が果たされました。また、同社には矢崎千代二の指導を受けながら、パステル国産化・製品化が果たされた経緯を示す資料が多数残されています。本展ではこれらを中心に、初の国産パステル「ゴンドラ」登場の前後からその後の歩みについても、並行して行われたパステル普及活動と関連付けながら、画材としてのパステル研究と国産化の道程を概観いたします。

3.パステルの魅力、いくつかのエピソード

パステルといえば誰もが思い浮かべるドガやルドンの作品とそのほかの日本人作家による、今回主役の武内や矢崎とはまた違ったパステル表現や、パステルの諧調表現を銅版画に表した作品の不思議な魅力など、いくつかのトピックをエピソード形式で取り上げます。

 

●出品(作品および資料):
武内鶴之助・矢崎千代二作品、合計約140点、その他国内外作家約20点、
画材実物、素材類、書籍等印刷物、その他パステル画材関係資料

 

●関連催事の予定:
講演会、ワークショップほかを予定
詳細は目黒区美術館ウェブサイト(http://www.mmat.jp)でご覧ください

 

artists
本展の中心となる二人の作家の略歴

武内鶴之助(たけうち つるのすけ)

1881/10/24(神奈川県・横浜市)~1948/8/25(栃木県・日光)
1881(明治14)年、神奈川県横浜生まれ。父はジャーディン・マセソン商会の社員で、幼い頃から絵画に親しむ。1904(明治37)年、日露戦争に出征し二〇三高地戦に参加。この間も暇を盗んで絵を描く。1906(明治39)年、白馬会洋画研究所で絵画を学ぶ。当時は主に水彩画を描いていたと思われる。1909(明治42)年、横浜正金銀行ロンドン支店副支配人の兄・金平を頼ってロンドンに渡り、ロンドン美術学校でブラングィン(Sir Frank William Brangwyn,1867-1956)らに師事して本格的に油彩を学ぶ。翌1910 年にはロイヤル・アカデミーに油彩《ウィンブルドン公園》が初入選し、同年の第四回文展にも《倫敦郊外の夕暮》を送り入選。ロンドンでは同時期に在英した石橋和訓や高木背水、栗原忠二、三宅克己らと親しく交流し、石橋の紹介でアルフレッド・イースト(Alfred East,1849-1913)に師事し大きな影響を受けた。
1910(明治43)年、または翌1911年、サセックスのアンバレー(Amberley)を写生旅行中にストット(Edward Stott)と偶然知り合い、同地に2年間滞在しストットの指導を受けた。武内のパステル使用は同じくパステル画を多く描いたストットの影響で、はじめは油彩制作の習作のためだったとも考えられる。その後、1912(明治45)年にはロイヤル・アカデミーに再度入選を果たし、翌年に帰国した。
帰国後は、光風会展、国民美術協会展、個展で発表を続け、主にパステルによる風景画、バラなど静物画で知られた。1929(昭和4)年に日本パステル画会が発足すると、同会の第一回展には矢崎千代二、岡田三郎助、石井柏亭、藤島武二らとともに顧問として出品。以後も各地での展覧会に出品するなどパステル普及にも尽力した。大正期から長く埼玉県・浦和に居を定めたが、戦時中は下館に疎開、さらに戦後の1946(昭和21)年には日光に移住。同地で制作を続けていたが、脳溢血のため、67歳で急逝した。
武内のパステル使用法の特徴は、緻密な塗り重ねを多用したものから、点描的なもの、線を用いた速写的なものまで幅広いことで、しばしば素材の使用法などに独自の研究と実験も行った。

矢崎千代二(やざき ちよじ)

1872/2/12(神奈川県・横須賀市)~ 1947/12/28(北京)
1872(明治5)年、神奈川県横須賀市生まれ。曽山(大野)幸彦に入門し、洋画の手ほどきを受けた。1897(明治30)年、東京美術学校西洋画科選科に入学。黒田清輝に師事し、白馬会会員となる。1904(明治37)年、セントルイス万国博覧会事務局に勤めたことを機にアメリカからヨーロッパに渡り、1909(明治42)年に帰国。黒田らの発起により交詢社で個展を開催した。
1916(大正5)年に中国に赴き、1919 年に一旦帰国した後、インドに渡る。この頃からパステル画を本格的に始めたと考えられ、刻々と移り変わる風景を多く描いている。続いて、イタリア、フランス、イギリスを歴遊。パリで開催した個展は高評価を受け、現地の美術冊子でも紹介された。
1926(大正15)年の帰国後は、自身が創出した国産パステルを使ってパステル画講習会及び展覧会を開催し普及に努めた。1930 年(昭和5 年)に朝日新聞社嘱託として南米に渡り、南米移民の様子ほかを新聞や自著『南米絵の旅』で紹介した。この間、アルゼンチン滞在中に帝展推薦となる。その後、東南アジアでも旺盛に制作。1935(昭和10)年にはしばらくぶりに日本で活動し、各地で個展を開催した。
1937(昭和12)年から、中国大陸はじめ東アジア各地で制作。北京で終戦を迎え、帰国することなく、1947(昭和22)年、75歳で死去した。北京では北平芸術専門学校で指導にあたっていたと考えられ、徐悲鴻から講師に招聘された際、矢崎の意思により終生持ち歩いていたと推察される1008点の作品を寄贈。現在、それらすべてが北京中央美術学院美術館に所蔵されている。北京中央美術学院開学の際の唯一の日本人指導者として位置づけられている。
矢崎は世界各地を歴遊し、旅で出合う瞬間の風景を描きとめるため、パステルによる「色の速写」という手法を唱えた。岡田三郎助に「其の瞬間の写生」、中澤弘光には「動的なスケッチ」と評されたスナップショットのような臨場感のある表現とともに、油彩に匹敵するパステル画の地位の確立を目指した。

 

○プレスリリースはこちら

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パステル・紙 目黒区美術館蔵

3%e6%ad%a6%e5%86%85%e3%80%8c%e9%9b%b2%e3%80%8d_b-6205-03_l3 武内鶴之助 《雲》 1908 ~ 12
パステル・紙 目黒区美術館蔵

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パステル・紙 目黒区美術館蔵

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パステル・紙 郡山市立美術館蔵

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制作年不詳 パステル・紙 郡山市立美術館蔵

7%e6%ad%a6%e5%86%85%e3%80%8c%e9%9b%b7%e9%b3%b4%e3%80%8d7 武内鶴之助 《雷鳴》 パステル・紙 個人蔵

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パステル・紙 目黒区美術館蔵

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