チェンニーノ・チェンニーニ『絵画術の書』を巡る旅
展覧会名 | 中世の華・黄金テンペラ画 - 石原靖夫の復元模写 チェンニーノ・チェンニーニ『絵画術の書』を巡る旅 |
---|---|
会期 | 2025年2月15日(土)~2025年3月23日(日) |
休館日 | 月曜日 *ただし、2月24日(月・休)は開館、2月25日(火)は休館 |
時間 | 10:00〜18:00(入館は17:30まで) |
観覧料 | 一 般 900(700)円 大高生・65歳以上 700(550)円 中学生以下 無料 *( )内は20名以上の団体料金 *障がいのある方とその付添者1名は無料 *他の割引との併用はできません。 *ご入館のための日時指定予約は必要ございません。開館時間内に直接お越しください。 |
主催等 | 主催:公益財団法人目黒区芸術文化振興財団 目黒区美術館 協賛:公益財団法人北野生涯教育振興会、ダンレックス株式会社 企画協力:&4+do、中世絵画工房FOND’ORO |
目黒区美術館では、これまで、画材や色材をテーマにした展覧会とワークショップを継続的に開催してきました。その一つ「色の博物誌」展は、通常の展覧会では紹介されることが少ない、絵画などの表現を構成する色材とその原料、エピソードなどを取り上げ、作品と組み合わせて構成した企画です。また、古典的な技法や絵具制作の再現などをワークショップで行い、人と色材のかかわりという新たな切り口を提示してきました。
この度の展覧会では、1992年からの「色の博物誌」展とともに開催してきたワークショップ「古典技法への旅」から、“中世の華” とも表すべき黄金背景による「テンペラ画(卵黄テンペラ)」の技法を取り上げます。
金箔を背景に、顔料を卵黄で練って描き上げていくこの技法では、金箔に見事な装飾技法が施され、その表現は工芸的な魅力にもあふれています。この黄金背景を伴うテンペラ画は、主にイタリア14世紀から15世紀前半に発展しました。
石原靖夫(1943ー )は、1970年にイタリアに渡り、黄金テンペラの技法を学び、6年の歳月を、ゴシック期シエナ派の画家シモーネ・マルティーニ(1284頃ー1344)の代表作《受胎告知》(1333年、ウフィツィ美術館蔵)の技法研究に費やし、ローマ滞在中に復元模写を完成させました。1978年の帰国後、すぐに東京都美術館で展示と講座が組まれるなど注目を集めました。目黒区美術館では、1992年の「色の博物誌・青―永遠の魅力」展において、この復元模写《シモーネ・マルティーニ〈受胎告知〉》を展示し、聖母マリアのマントに使われたラピスラズリの青について取り上げました。石原靖夫と目黒区美術館の関係はこの時から始まり、2019年3月までに専門家向けの内容でワークショップを7回開催し、テンペラ画という古典技法の普及に努めてきました。
ジョット・ディ・ボンドーネ(1265頃ー1337)に代表される当時の工房で行われていた絵画技法が記された書物が、チェンニーノ・チェンニーニ著 "Il Libro dell' Arte" です。この翻訳版、『チェンニーノ・チェンニーニ 絵画術の書』(岩波書店 1991年)(以下、『絵画術の書』)は、目黒区美術館での石原靖夫によるワークショップで重要な教本となっています。チェンニーニの手稿は1400年頃に成立されたと伝わり、現存する3つの写本をもとに訳された本書は、イタリア美術史家の辻茂の技法史研究により長い年月をかけて日本語訳として完成されたもので、シモーネ・マルティーニの《受胎告知》を復元模写した画家 石原靖夫と、イタリア語に精通する美術史家 望月一史がその翻訳に加わりました。その後、石原はこの『絵画術の書』を、画家としてさらに読み込み、絵画制作にあたっての技法研究を深化させてき
ました。
本展では、石原が1970年代に制作した復元模写《シモーネ・マルティーニ〈受胎告知〉》とその制作に関する周辺資料、そして、その後の研究をもとに今回新たに制作した「制作工程」と、その手順を収録した動画を展示します。石原が行ってきた、絵画制作の基礎から金箔の置き方、刻印、彩色、緑土を用いる肌の描写などを、『絵画術の書』
が伝える技法に触れながら紹介し、日本の美術館では展示されることが少ない「テンペラ画」の技法と表現の魅力に迫ります。
1943年、京都生まれ。東京藝術大学油画科を卒業後、1970年9月、イタリア政府給費生として渡伊。ローマ国立中央修復研究所(Instituto Centrale del Restauro)でジュリアーノ・バルディ教授に師事し、シエナ派の黄金テンペラを研究する。1972年からローマの国立古典絵画館(Gallerie Nazionali di Arte Antica)の客員として、シモーネ・マルティーニ作《受胎告知》(1333年) の復元研究模写を行う。1978年に帰国し、東京都美術館、日本イタリア京都会館で同作品を公開。現在は、テンペラ画の普及に努め、卵黄テンペラ技法によりイタリアの風景をテーマに、個展を中心に発表を続けている。
1333年にシモーネ・マルティーニが描いた《受胎告知》の当時の描き方を研究し、1970年代にすべて手作業で仕上げた石原靖夫の復元研究模写作品を展示します。
板の準備から金箔装飾、彩色まで、幾つもの手順を経て描かれる卵黄テンペラ画を、チェンニーノ・チェンニーニが伝える技法で、今回新たに制作した「制作工程」とともに、ビジュアルに展覧します。石原靖夫の制作過程の映像も必見!
石原靖夫の復元模写の制作当時に使用した道具、材料、色材、入念に調べた研究ノートなど、貴重な周辺資料を展示します。そのほか、古典絵画に使われる青、赤、黄などの色材や羊皮紙に関する資料も展示します。
現在日本では、「テンペラ」は、主に卵黄で顔料を練った絵具で描く技法や絵画のことをさしています。テンペラ(tempera)は、ラテン語のtemperare(かき混ぜる)から派生したイタリア語で、絵画においては結合剤、または粉末の顔料を練り合わせる、という意味を持ち、18世紀頃までは卵以外にも、膠、アラビアゴム、カゼインなどで顔料を練った水性絵具の総称として用いられていました。テンペラ画はフレスコ(壁画)と同様に古くからあり、特に中世の写本やルネサンス期にかけての板絵祭壇画などに優れた作品が多く見られます。卵黄テンペラは乾きが速く、耐久性に富み、明るく鮮やかな色を発し、また油彩や膠とは異なる接着特性があります。それゆえ金箔と卵黄との組み合わせにより、多くの装飾技法が生み出されました。
中世から伝わる卵黄テンペラの技法を1970年代にイタリアで学び、技法研究の集大成として取り組んだシモーネ・マルティーニ《受胎告知》(1333年)の復元研究。石原靖夫はこの板絵を、マルティーニが描いた当時の、真新しい姿に描き出すことを試みました。
マルティーニの時代の画家が行っていた手順で、材料・素材も1970年代に入手可能なものは集め、出来るだけ当時のものに近づくように手作りをし、6年の歳月をかけ復元模写を完成させました。
本展では、石原の復元模写の大作を、石原が本作制作当時に使用した道具、材料、色材のほか、入念に調べた研究ノートなどの周辺資料とともに展示します。
石原靖夫 復元模写《 シモーネ・マルティーニ〈受胎告知〉》 1972ー78年 卵黄テンペラ、金箔・板 / 226.0×171.0×11.5cm / 金沢美術工芸大学蔵(原画= 1333年/ ウフィツィ美術館蔵) 撮影:歌田眞介/1978 年
上の作品部分 大天使カブリエル
上の作品部分 聖母マリア
卵黄テンペラ画には、様々な装飾技法が使われます。特に、背景の金箔地には絵に光と輝きを与える刻印装飾が施され、画中の人物の衣裳などには、金箔を生かして描き出された多様で華麗な文様表現がみられます。絵具を掻き落としながら線や形を浮き立たせるグラフィート法はその代表です。
ルネサンス期の絵画や額に使われた装飾技法各種を、一枚の板にまとめたテンペラ装飾の標本には、金箔装飾用の鏨(タガネ)の刻印見本から、14~15世紀の絵画にみられる表現29種が描かれています。装飾技法は単独で用いることもありますが、複数の技の組み合わせにより、複雑で豊かな表現が生み出されることが分かります。
石原靖夫 《イタリア・ルネサンス期テンペラ装飾標本》 1971年頃 / 卵黄テンペラ、金箔・板 / 42.5×65.5cm / 東京藝術大学蔵
上の作品部分
上の作品部分
14世紀の画家チェンニーノ・チェンニーニが著した"Il Libro dell' Arte"は、イタリアの工房に代々伝えられてきた絵画の技法が細やかに記述されたテキストで、イタリアに残る歴史的文献として有名です。その手稿は1400年頃に書き上げられたと伝えられますが現存せず、15世紀から18世紀にかけて書き写された幾つかの写本が今に残されています。それらの写本が編集され印刷刊行本となったのは、1821年の原語版(イタリア語)が最も早いものでした。以来、各国語で美術史学者や言語学者等により編訳書が刊行されていますが、チェンニーニの手稿写本は写し間違いなどもあるため完全ではなく、どの写本(または既存の刊行本)を底本とするかや、その内容の解釈は編訳者により様々になされてきました。
日本では、1821年刊イタリア語版のフランス語訳(1885年刊/1911年改訂・ルノワールの序文付)を画家の中村彝(1887ー1924)が日本語訳を試み、1964年に中央公論美術出版より出版された『藝術の書』が最初でした。その後、1970年代初頭に、東京藝術大学で教鞭をとっていたイタリア美術史家の辻茂(1930ー2017)が、その技法研究において、チェンニーニの"Il Libro dell' Arte"の翻訳に取りかかります。1978年に帰国した石原は、程なくして辻と出会い、 イタリア語に精通する美術史家 望月一史とともにこの翻訳作業に加わりました。
辻らは現存する3つの写本の原文にあたり、既刊の主要な編訳本と比較研究を行い、長い年月をかけ日本語訳を完成させ、1991年に岩波書店より『チェンニーノ・チェンニーニ 絵画術の書』(以下、『絵画術の書』)を刊行しました。同書には全頁数の半分近くを占める詳細な「用語解説」が収められていますが、これは、それまでの刊行本には類を見ない、貴重な資料となっています。
そして、石原は、この『絵画術の書』を画家としてさらに読み込み、絵画制作にあたっての技法研究を深化させてきました。本展では、石原がこれまで探求してきたテンペラ画の基礎から金箔の磨き方、刻印、彩色、緑土を用いる肌の描写などを、『絵画術の書』が伝える技法を引用しつつ、石原の解説を加えながら紹介します。
※ 本展では、原典"Il Libro dell' Arte"の訳語を、辻茂 編訳の書籍タイトル『チェンニーノ・チェンニーニ 絵画術の書』(岩波書店 1991年)から、『絵画術の書』としました。
今回新たに制作した「制作工程」で、テンペラ画の描き方に迫ります。
シモーネ・マルティーニの聖母マリアを題材に、幾つもの手順を経て描かれる卵黄テンペラ画を、チェンニーノ・チェンニーニが伝える技法に基づきながら、ビジュアルに展覧します。石原による手順の動画も必見です。
また、シモーネ・マルティーニ (1284頃ー1344)とは約160年離れたルネサンス期の画家ドメニコ・ギルランダイオ (1448 ー1494)が15世紀後半に、主に卵黄テンペラで描いた《東方三博士の礼拝》の聖母マリアを取り上げ、時代の流れとともに、同じ卵黄テンペラの技法でも、その表現が移り変わっていくことをご覧いただきます。
1992年の「色の博物誌・青―永遠の魅力」展で、石原の大作、復元模写《受胎告知》を紹介し、ワークショップ「ラピスラズリから青をつくる&ミニアチュールの制作―テンペラ技法から」を開催して以来、当館は、石原によるテンペラ画制作に必要な道具づくりから彩色表現まで全7日間のワークショップや絵具づくりのワークショップ、羊皮紙に描くテンペラ画の制作などを継続的に開催し、古典技法への旅を石原とともに続けてきました。
本展では、これまでの旅を振りかえりながら、ワークショップでの実践研究の成果なども紹介します。そのほか、古典絵画に使われる青、赤、黄色などの色材の展示や羊皮紙に関する資料も展覧します。